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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)67号 判決 1995年6月28日

ドイツ連邦共和国

フランクフルト、アム、マインブルニングストラーセ 50

原告

ヘキスト・アクチェンゲゼルシャフト

代表者

ドクトル・アルプレヒト・エンゲルハルト

ドクトル・ウルリッヒ・テルガウ

訴訟代理人弁護士

八掛俊彦

訴訟代理人弁理士

江崎光史

萩原益雄

訴訟復代理人弁理士

奥村義道

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

青山紘一

市川信郷

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和63年審判第15301号事件について、平成2年9月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文第1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1981年1月24日ドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和57年1月22日、名称を「水溶性モノアゾ化合物、その製造法及びこれを用いて染色又は捺染する方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和57年特許願第7751号)が、昭和63年6月1日に拒絶査定を受けたので、同年8月29日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第15301号事件として審理したうえ、平成2年9月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月5日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、欧州特許公開第21105号明細書(1981年1月7日公開、以下「引用例1」という。)、「繊維」第12巻第8号110~111頁(昭和35年8月15日発行、以下「引用例2」という。)、「染色工業」第14巻第9号5~19頁(昭和41年9月20日発行、以下「引用例3」という。)、「染料と薬品」第6巻第11号25頁(昭和36年11月1日発行、以下「引用例4」という。)、特公昭55-39672号公報(以下「引用例5」という。)を挙げたうえ、本願の特許請求の範囲(1)に記載された発明(別紙1記載のとおり。以下「本願発明1」という。)は引用例1~5に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであると判断し、本願発明は特許法29条2項の規定に該当し特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1~5の記載事項の認定は認める。

本願発明1と引用例1に記載されている化合物(別紙2記載のとおり。以下「化合物A」という。)との一致点・相違点の認定、すなわち、「両者は、基本骨格が同一であり、本願発明1の末端基-SO2-CH=CH2に対応する化合物Aの末端基が-SO2-CH2-CH2-OSO3Naである点でのみ相違する」(審決書5頁14~17行)との認定も認める。

しかし、審決は、本願発明1の構成の容易推考性の判断を誤り(取消事由1)、本願発明1の格別の効果を看過し(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(構成の容易推考性の判断の誤り)

審決は、上記相違点につき、「引用例2~5にも記載されているように、染色機構からみて末端基-SO2-CH2-CH2-OSO3Naを有する反応性染料が、末端基-SO2-CH=CH2を有する反応性染料の前駆体に相当することは本願出願前広く知られた技術的事項であるから、化合物Aの末端基-SO2-CH2-CH2-OSO3Naを-SO2-CH=CH2に変えてみるという程度のことは当業者にとつて格別創意を要することではない。」(同5頁18行~6頁6行)と判断したが、誤りである。

(1)  末端基-SO2-CH2-CH2-OSO3H(スルファトエチルスルホニル基。以下、末端基-SO2-CH2-CH2-OSO3Naをも含めて「スルファトエチルスルホニル基」と呼ぶ。)を有する反応性染料(以下「X染料」という場合がある。)で染色する場合の染色機構は、審決認定のとおり、染料X中の同基がそのまま染色作用を示すのではなく、同基がアルカリ存在下でビニルスルホニル基に転化した後、このビニルスルホニル基にセルロース繊維が付加するものであること、染料が反応性基としてスルファトエチルスルホニル基以外にクロロトリアジニル基をも有することによりスルファトエチルスルホニル基自体による上記染色機構が失われるものではなく、この場合も、スルファトエチルスルホニル基だけを有する場合と同一であることがいずれも周知であったことは認める。

しかし、引用例2~4には、審決認定のとおり、スルファトエチルスルホニル基を有する反応性染料(X染料)が、アルカリ存在下で、末端基-SO2-CH=CH2(ビニルスルホニル基)を有する反応性染料(以下「染料Y」という場合がある。)に変化するとの趣旨の記載はあるものの、それらはすべて反応性基として一個のスルファトエチルスルホニル基のみを有するレマゾール染料についての説明にすぎず、そこでは、化合物Aのように反応性基としてスルファトエチルスルホニル基とともにクロロトリアジニル基をも有する染料については何らの説明もなされていない。

他方、化合物Aのようにスルファトエチルスルホニル基とクロロトリアジニル基の2個の反応性基を有する染料においては、アルカリ存在下で、スルファトエチルスルホニル基のみならず、クロロトリアジニル基も、アルカリの影響を受けて塩素を放出し、セルロース繊維と結合しうる。

したがって、X染料がY染料の前駆体である旨の引用例2~4の記載事項は、前駆体となるべき反応性染料が反応性基としてスルファトエチルスルホニル基のみを有する場合に関するものであり、そこには、化合物Aのように反応性基としてスルファトエチルスルホニル基のほかにクロロトリアジニル基も有するものについては何も述べられていないとみるべきである。

このことからすると、化合物Aが、アルカリ存在下で、その中のクロロトリアジニル基は反応せず、スルファトエチルスルホニル基のみが反応するということが、引用例2~4によって実証されているとすることはできず、化合物Aに引用例2~4から得られる知見を合わせても、化合物Aから本願発明1の化合物を想到することが容易であるとすることはできない。

(2)  引用例5に、反応性基として末端に「基-SO2-CH=CH2又は基-SO2CH2CH2Z(ここに、Zはアルカリで脱離する基であって、この基はスルファトエチルスルホニル基を含む。)」並びにクロロトリアジニル基を有する反応性染料(別紙3記載のとおり。)が記載されていることは認めるが、これは、同引用例の特許請求の範囲に一般式で示される、本願発明1の化合物とは異なる特定の化学構造のモノアゾ染料1例についての記載にすぎないから、そこに記載された各基の関係を本願の優先権主張日前周知のものとすることはできない。

また、この点をおくとしても、そこで述べられているスルファトエチルスルホニル基とビニルスルホニル基との関係は、対等の択一関係であり、前駆体と目的化合物との関係ではない。

同じく、引用例5中に、「基-SO2CH=CH2またはその前駆体の基-SO2CH2CH2OSO3Hを有する染料が反応性染料として繊維材料の染色に用いられることはよく知られている。」(甲第7号証3欄9~12行)との記載があることは認めるが、この記載は、同引用例記載の発明の先行技術を説明したものであるから、引用例2~4に示されるのと同じく、あくまで反応性基としてスルファトエチルスルホニル基のみを有する反応性染料について述べたものとみるべきであり、これをもって、引用例1の化合物Aや本願発明1の化合物のように2個の反応性基を有する場合について述べたものとみることはできない。

(3)  このように、スルファトエチルスルホニル基を有する反応性染料(X染料)がビニルスルホニル基を有する反応性染料(Y染料)の前駆体に相当することは本出願前広く知られた技術的事項であるということができるのは、反応性基がスルファトエチルスルホニル基の1個のみである反応性染料についてであって、反応性基がスルファトエチルスルホニル基とクロロトリアジニル基との2個である反応性染料について、このようにいうことは許されない。

(4)  以上のとおりであるから、上記技術的事項がスルファトエチルスルホニル基とビニルスルホニル基の2個の反応性基を有する反応性染料である化合物Aについても当てはまることを前提に、化合物Aのスルファトエチルスルホニル基をビニルスルホニル基に変えてみるという程度のことは当業者にとって格別創意を要することではないと判断した審決は、その前提において既に誤ったものといわなければならない。

(5)  被告は、昭和43年11月25日発行の「科学と工業」第42巻第11号(乙第1号証の3、27頁左欄12行~右欄19行)に、ビニルスルホニル基とクロロトリアジニル基を同時に有する化合物でセルロース繊維を染色した場合に、ビニルスルホニル基が主としてセルロース繊維と結合することが記載されているとして、これを前提に、ビニルスルホニル基とクロロトリアジニル基を同時に有する化合物でセルロース繊維を染色した場合には、主としてビニルスルホニル基がセルロース繊維と付加反応して染着すると考えるのが技術常識であったと主張する。

しかし、「住友化学」1983-Ⅰ所収「スミフィックス スプラ染料」(甲第9号証)には、被告主張の技術常識とは異なることが記載されている。

すなわち、上記文献、特にその第7図(同4頁)には、他の基本構造を同一とし、スルファトエチルスルホニル基のみ、クロロトリアジニル基のみ、スルファトエチルスルホニル基とクロロトリアジニル基の両者をそれぞれ反応性基として有する各染料の温度感性の比較が記載され、それによれば、相対染色率が、スルファトエチルスルホニル基とクロロトリアジニル基の両者を有する染料においては、染色温度40℃近辺で約75%から徐々に上昇して、55℃近辺で100%となり、60℃近辺で平行線を描き、そこからは極めて徐々に下降し、スルファトエチルスルホニル基のみを有する染料においては、染色温度40℃近辺で約60%から急上昇して50℃近辺で100%に達し、そこを頂点として急激に下降して75℃近辺で約60℃に至り、クロロトリアジニル基のみを有する染料においては、50℃近辺の60%から急上昇して80℃において100%に達するものとされているのであり、これによれば、スルファトエチルスルホニル基とクロロトリアジニル基の両者を有する染料において、クロロトリアジニル基の存在によりスルファトエチルスルホニル基の反応性が失われてしまうわけではないものの、主としてビニルスルホニル基がセルロース繊維と付加反応して染着するといえるわけでないことは明らかであり、これが被告主張の上記技術常識と相いれない内容であることは明らかである。

上記文献の上記記載と同様のことは、「Dyes and Pig ments Vol.3, No.4 October(1982)」281~294頁(甲第10号証)にも記載されている。

上記各文献は、いずれも、本願の優先権主張日以後に刊行されたものであるが、同日当時の技術常識を示す性質のものであるから、これらの文献に上記内容の記載があるということは、被告主張の技術常識は存在しなかったことを明らかにするものといわなければならない。

(6)  本願発明1の構成の推考が容易でなかったことは、末端基としてスルファトエチルスルホニル基を有する反応性染料の染色機構自体からも、明らかである。

審決も認める周知事項である上記染色機構によれば、ビニルスルホニル基を有する反応性染料(Y染料)は、スルファトエチルスルホニル基を有する反応性染料(X染料)の染色の段階において、アルカリ処理により活性化されて一時的にのみ生成するものであるから、この染色機構が周知であったということは、例えば、引用例2の記載(甲第4号証110頁右欄11行~111頁左欄10行)にみられるように、ビニルスルホニル基を有する反応性染料が、活性化されていない染料に比べて不安定であると考えられていたことを意味する。

また、ビニルスルホニル基が、反応力に富み、特に、水分子とも反応を起こし、その結果生成したものはもはやウール分子とは反応しないとの事実も周知のことであり(引用例2の上記記載参照)、空気中に水分があることが知られていたことはいうまでもないことである。

このように、不安定で反応力に富むと考えられるものを製品として製造し、販売しようとすることは、当業者にとって容易でないことといわなければならない。現に、本願発明前このような染料が市場に現れたことはなかたのである。

さらに、本願発明1の構成の推考が容易でなかったことは、反応性染料の歴史的背景からも、明らかである。

反応性染料の歴史的背景をみると、1956年にICI社がProcion染料(ジクロロトリアジニルアミノ基のみを反応性基として含有する反応性染料)を市販したのを最初として、当初は1個の反応性基を有する反応性染料が主流であり(甲第6号証引用例4、21頁左欄23行~22頁左欄14行、22頁第1表)、その後、相当の日時が経過した後、例えば引用例5(1980年公告)と同1(1981年公開)に示されているように、ビニルスルホニル基又はスルファトエチルスルホニル基並びにクロロトリアジニル基の2個の反応性基を有する染料が登場してきた。

この2個の反応性基を有する染料の染色挙動がそのうちの1個のみを有する染料のそれとは異なることが知られていたことは、既に述べたとおりであるから、引用例1と同5に記載された2個の反応性基を有する化合物に関する知見に、引用例2~4に記載された1個の反応性基を有する染料に関する知見を組み合わせてみても、本願発明1の化合物の構成に思い至るのは、決して容易でないのである。

2  同2(予測できない格別の効果の看過)

審決は、本願発明1の効果につき、「出願人の主張する、本願発明1の方が化合物Aよりも染色時のアルカリの使用量が少なくてすむという効果について検討すると、化合物Aの場合、先に示した反応式から明らかなように、まず一当量のアルカリで末端基-SO2-CH2-CH2-OSO3Naが-SO2-CH=CH2に変つたのち染色対象と反応するものであるから、本願発明1の方が化合物Aよりも一当量アルカリが少なくてすむことは自明であり、この点を考慮すれば、本願発明の方が染色時のアルカリの使用量が顕著に少なくてすむとも認め難い。さらに他の効果についても格別のものは見当らない。」(審決書6頁7~18行)と認定判断したが、誤りである。

すなわち、本願発明1の化合物の方が化合物Aよりも一当量アルカリが少なくてすむことが自明であることは認めるが、本願発明1の化合物は、化合物Aに比べて、単にアルカリ使用量が少ないというだけでなく、染色の結果においても、顕著に優れた効果を奏する。

(1)  セルロース繊維を染色したときの効果

本願発明1の染料を用いてセルロース繊維を染色したときの、予想を超えて色が深く染色されるという効果については、本願明細書(甲第2号証)において、セルロース繊維の染色につき、一般的に、「これを用いてセルロース繊維上にたとえば吸尽法に従つて酸結合剤及び場合により中性塩、たとえば塩化ナトリウム又は硫酸ナトリウムの使用下で高い着色力及び高い染料収率を有する染料が得られる。同様にパジング法に従つて、特にパジング-短滞留法に従つてすら及び通常の捺染法に従つてセルロース繊維材料上に濃色の染色及び捺染が得られる。」(同9頁11~18行)と記載したうえ、具体例との関連で、製造例である例1につき、「本発明によるアゾ化合物は、極めて良好な染色特性を有しかつ繊維反応性染料に関する技術で通常の適用-及び固着-法にしたがって、例えば木綿上に良好な耐光性及び耐湿潤性―このうち特に極めて良好な塩素一及び湿潤堅牢性が際立つている―を有する色の濃い帯赤黄色染色及び捺染を生じる。」(同12頁末行~13頁6行)、同じく例2につき、「これは同様に極めて良好な染色特性を有し、本文中に記載した材料、例えば特にセルロース繊維材料、例えば木綿上に例1に記載した良好な堅牢性を有する帯赤黄色染色を生じる。」(同13頁下から5行~末行)と、木綿織物の染色例である例3につき、「製品の乾燥後、極めて良好な耐光性一及び極めて良好な耐湿潤性性質―それらのうち特に極めて良好な塩素浴水堅牢性が際立つている―を有する濃色の帯赤黄色捺染が得られる。」(同14頁14~18行)、同じく木綿織物の染色例である例4につき、「極めて良好な耐光性及び極めて良好な耐湿潤性を有する濃色の帯赤黄色染色が得られる。」(同16頁1~3行)として、明示されている。

原告(請求人)は、本願発明1の染料の上記効果を視覚で判断できるように、昭和62年4月13日付け意見書(甲第8号証)に参考資料として染色見本(以下「本願染色見本」という。)を添付した。

本願染色見本の検討により、以下のことが明らかとなる。

<1> 試料A1と試料B2との対比(アルカリの同一当量の使用に相当するもの)

染料中の反応性基であるスルファトエチルスルホニル基をビニルスルホニル基に転化するためにアルカリを1当量余分に必要とするとすれば、アルカリ1当量(0.06モル)使用する試料A1(本願発明1の例1の化合物)とアルカリ2当量(0.12モル)使用する試料B2(引用例1の例6の化合物(18))とが同一の染色効果を奏すべきであるのに、試料A1のほうが同B2に比べて色がかなり深く染色されている。

<2> 試料A3と試料B4との対比(アルカリの同一当量の使用に相当するもの)

同様に、アルカリ1当量(0.06モル)使用する試料A3(本願発明1の例2の化合物)とアルカリ2当量(0.12モル)使用する試料B4(引用例1の例6の化合物(19))とが同一の染色効果を奏すべきであるのに、試料A3のほうが同B4に比べて色がずっと深く染色されている。試料B4は、重炭酸ナトリウムを0.12モル使用しても、十分に濃くは染色されない。

<3> 試料A3と試料C4との対比(同等の染色結果を示すと判断される試料同士のアルカリの使用量の対比)

同等の染色結果を示しているとみられる試料A3(本願発明1の例2の化合物)と同C4(引用例1の例6の化合物(19))の使用重炭酸ナトリウムを比較すると、0.06モルと0.24モルであり、後者は前者の4倍にも達している。

本願染色見本の検討から明らかとなる本願発明1の化合物と引用例1の化合物の差異は、色の鮮やかな商品価値の高い製品を求める染料業者にとって、極めて重要である。

(2)  セルロース繊維以外の繊維を染色したときの効果

本願発明1の染料を用いてセルロース繊維以外の繊維を染色したときの、予想を超えて優れた効果については、本願明細書に、「一般式(1)なる本発明による化合物は良好な水溶性の点で優れている。これは繊維反応性性質を有しかつ価値ある染料である。これは材料、特に天然又は再生セルロース、たとえば木綿、リネン、麻、黄麻、レーヨンから成る繊維材料あるいは天然、再生又は合成ポリアミド、たとえば絹、羊毛、ポリアミド-6、ポリアミド-66、ポリアミド-11から成る繊維材料、更に合成ポリウレタンから成る繊維材料及び皮革の染色又は捺染に適している。特に一般式(1)なる本発明による化合物は繊維反応性染料としてセルロース又はセルロース含有繊維材料の染色又は捺染に適している。」(甲第2号証8頁9行~9頁1行)として、セルロース繊維を染色したときの効果と並んで示されている。

なお、仮に、セルロース繊維以外の繊維を染色したときの格別の効果についての明細書等での言及が不十分であったとしても、この種の反応性染料は、商業的には主としてセルロース繊維の染色を目的としており、その他の繊維には実際上余り用いられていないこと、審査の慣行においても、実施例は、特許出願人が最良の結果をもたらすと思うものを記載すべきものとされ(平成2年通商産業省令第41号による改正前の特許法施行規則24条及び様式16の備考14のロ「発明の構成」の項)、現に、特定の繊維のみに対する効果を例示したのみで、染色対象をそれに限定しないものとして特許性を肯定する扱いがされている(引用例5参照)以上、上記事実は、本願発明1の特許性を否定する根拠にはならないというべきである。

(3)  アルカリ使用量の減少に伴う付随効果

<1> 本願発明1の染料の使用に伴うアルカリ使用量の減少は、経済上の有利性のみならず、廃水処理の負担の減少、公害問題への発展の可能性の減少をもたらす。これは、産業上極めて大きな利点である。

<2> 特に、最近特に注目を集めているセルロースーポリエステル混紡(混織)の一浴染めにおいては、アルカリ使用量の減少は大きな効果を有する。

セルロース繊維とポリエステル繊維の染色機構の相違のため、同一の染料では均一に染色できないことから、セルロースーポリエステル混紡(混織)の一浴染めにおいては、通常、反応性染料と分散性染料を同時に用いるが、分散性染料は、一般にアルカリの存在下で、分解、変色を起こしやすく、染着率の低下を伴うものが多いので、アルカリ性で使用する反応性染料と組み合わせて使用できる分散性染料の種類は極めて限られてくる。

本願発明1の染料においては、アルカリ使用量が少なくてすみ、例えば苛性ソーダのような強アルカリを用いなくてもよいので、選択できる分散性染料の種類の幅がずっと広くなり、操業が容易となるのみならず、染色製品の変化を格段に富ますことができるなど、その実用的な工業上の効果は極めて高い。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  審決が引用例2~5を引用したのは、スルファトエチルスルホニル基を有する反応性染料(染料X)でセルロース繊維を染色する場合の染色機構は、染料X中の同基が同基のまま染色作用を示すのではなく、同基がビニルスルホニル基に転化した後、このビニルスルホニル基にセルロース繊維が付加するというものであることが周知であったことを明らかにするためであり、染料Xのこの染色機構が周知であったこと自体は、原告も認めるところである。

染料Xの上記染色機構からすれば、同染料でセルロース繊維を染色するとき、同染料は、常に、ビニルスルホニル基を有する反応性染料(染料Y)に転化したうえ、染色機能を発揮していることになることは明らかであり、この意味において、染料Xが染料Yの前駆体に相当することも明らかなことである。

したがって、審決が、「引用例2~5にも記載されているように、染色機構からみて末端基-SO2-CH2-CH2-OSO3Naを有する反応性染料が、末端基-SO2-CH=CH2を有する反応性染料の前駆体に相当することは本出願前広く知られた技術的事項である」(同5頁18行~6頁3行)と認定したことには、何らの誤りもなく、この認定を非難する原告主張は失当である。

また、引用例5には、反応性基としてスルファトエチルスルホニル基又はビニルスルホニル基のほかにクロロトリアジニル基をも有する反応性染料(別紙3記載のとおり。)が特許請求の範囲に記載され、そこでスルファトエチルスルホニル基とビニルスルホニル基が対等の択一関係にあるものとされており、また、「基-SO2CH=CH2またはその前駆体の基-SO2CH2CH2OSO3Hを有する染料が反応性染料として繊維材料の染色に用いられることはよく知られている。」(甲第7号証3欄9~12行)と記載されていることは、原告も認めるところである。

上記の事実を前提とすれば、引用例1に開示されている反応基としてクロロトリアジニル基とスルファトエチルスルホニル基を有する染料である化合物Aに接した当業者が、そのスルファトエチルスルホニル基をビニルスルホニル基に置き換えることに想到することは、格別の創意を要することなくできたことといわなければならない。

(2)  原告は、化合物が反応性基としてスルファトエチルスルホニル基又はビニルスルホニル基のほかにクロロトリアジニル基をも有するか否かの相違を強調するが、これら両者を含む化合物でセルロース繊維を染色した場合、主として前者がセルロース繊維と付加反応して染着すると考えるのが、当分野の技術常識であった(乙第1号証の3、昭和43年11月25日発行「科学と工業」第42巻第11号27頁左欄12行~右欄19行)から、上記相違の意義を大きいものとすることはできない。

上記技術常識に関して原告の引用する2文献は、いずれも本願の優先権主張日後刊行のものであり、しかも、辞典類のような一般的常識を記載したものでもないから、これらをもって本願の優先権主張日当時の技術常識を示す試料とすることはできない。

のみならず、原告主張の文献の記載によっても、クロロトリアジニル基はもっぱら50℃以上の高温域においてセルロース繊維と結合し、50℃以下の温度域において結合するのは大部分スルファトエチルスルホニル基又はビニルスルホニル基であることが示されている。

そうである以上、これらの文献の記載をもって、上記技術職を否定する根拠とすることはできない。

原告は、ビニルスルホニル基を反応性基として有する染料が不安定で反応力に富むと考えられていたこと、また、現に、本願発明前このような染料が市場に現れたことはなかったことを根拠に、スルファトエチルスルホニル基をビニルスルホニル基に変えることは容易に想到できなかったと主張するが、仮に前提とされた上記各事実が認められるとしても、ビニルスルホニル基を有する染料が本願の優先権主張日前公知となっていたことは引用例5で明らかであり、また、発明品が市場にあったか否かは発明の進歩性判断に直接関係するものではないから、失当である。

2  同2について

原告は、本願染色見本(甲第8号証参考試料)を根拠に、本願発明1の化合物によって染色すると、引用例1の化合物(化合物A)によって染色するのに比べ、スルファトエチルスルホニル基の染色機構から導かれる一当量少ないアルカリの使用量によって、より濃い色に染色することができるとして、これを本願発明1の予想できない格別の効果であると主張する。

しかし、本願発明1の化合物は、セルロース繊維のみに使用するものでも、その使用条件が限定されるものでもないのに、本願染色見本は、セルロース繊維(木綿)を特定の条件(重炭酸ナトリウムを使用する捺染法)の下で染色した場合に、化合物Aに比べ本願発明1の化合物の方が色の濃い捺染を生じるという一部量的効果を示しているにすぎず、しかも、化合物の基本骨格が同一であっても、末端基が相違すれば、濃淡に多少の相違が生ずるのは当然であることに照らせば、原告主張の濃淡の差を格別の顕著性のあるものと認めることはできない。

本願染色見本について付言すれば、本願発明1の化合物に炭酸ナトリウム0.12モルを使用したB1と化合物Aに炭酸ナトリウム0.24モルを使用したC2とが同等の濃度であり、また、本願発明1の化合物に炭酸ナトリウム0.06モルを使用したA1と化合物Aに炭酸ナトリウム0.12モルを使用したB2とを比較すれば、前者の方が多少濃いとはいえても、その差はわずかにすぎず、本願発明1に原告主張の格別の効果を認めることができないことは、この事実に照らしても明らかである。

以上のとおりであるから、本願発明1の効果をもって予想のできない格別の効果として、これを特許性の根拠にする原告主張は失当である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(構成の容易推考性の判断の誤り)について

(1)  染料Xすなわちスルファトエチルスルホニル基を反応性の末端基として有する反応性染料で染色する場合のスルファトエチルスルホニル基による染色の機構は、同基が同基のまま染色作用を示すのではなく、同基がアルカリ存在下でビニルスルホニル基に転化した後、このビニルスルホニル基にセルロース繊維が付加するというものであること、スルファトエチルスルホニル基による染色の上記機構自体は、スルファトエチルスルホニル基以外に他の反応性基としてクロロトリアジニル基を有する場合においても変わることはないことがいずれも周知であったことは、当事者間に争いがない。

また、引用例2(甲第4号証)の「Vinylsulphon基は良く知られている様に反応力に富むもので、これがWool分子中の未端アミノ基や又イミノ基と附加反応を起して結合するものである。」(同110頁右欄下から4行~末行)との記載や、引用例4(甲第6号証)の「反応性染料は染料分子中にアミノ基またはヒドロキシル基と反応し得る活性な反応基を有し、それによって分子中にアミノ基またはヒドロキシル基を有する繊維すなわち絹、羊毛、ポリアミド系合成繊維および木綿、ビスコース、スフ、亜麻、麻等と反応し共有結合によって染料を結合し染色する」(同22頁左欄16~21行)との記載によれば、上記「ビニルスルホニル基にセルロース繊維が付加する」の「セルロース繊維」は例示であって、上記染色機構は、被染物がセルロース繊維の場合に限られず、絹、羊毛、ポリアミド系合成繊維等の場合であっても、同様であることは周知のことであったと認められる。

上記事実によれば、染料Xで染色するときは、同染料は、常に、染料Yすなわち反応性の末端基としてビニルスルホニル基を有する染料に転化したうえ染色機能を発揮していることになり、この意味において、染料Xが染料Yの前駆体に相当することに疑問の余地はない。

審決の「末端基-S02-CH2-CH2-OSO3Naを有する反応性染料が、末端基-SO2-CH=CH2を有する反応性染料の前駆体に相当することは本出願前広く知られた技術的事項である」(同5頁19行~6頁3行)との認定は、その説示するところからみて、上記の趣旨を述べたものであることは明らかであり、そこには、何らの問題も見いだすことができない。

そして、染料Xの染色機構についての上記周知事項を前提にした場合、染料Xに属する化合物Aが知られているとき、その末端基であるスルファトエチルスルホニル基を、同化合物の染色機構において同基が転化して生ずるビニルスルホニル基に初めから変えたものとし、本願発明1の化合物に想到することは、当業者が格別の困難なく容易にできることというべきである。

(2)  原告は、化合物Aのようにスルファトエチルスルホニル基とクロロトリアジニル基の2個の反応性基を有する染料においては、アルカリ存在下で、スルファトエチルスルホニル基のみならず、クロロトリアジニル基も、アルカリの影響を受けて塩素を放出し、セルロース繊維と結合しうるとして、これを根拠に、スルファトエチルスルホニル基のみを反応性基として有する化合物についての知見をスルファトエチルスルホニル基以外にクロロトリアジニル基をも反応性基として有する化合物Aに当てはめることが容易であったといえない旨を主張する。

しかし、スルファトエチルスルホニル基以外にクロロトリアジニル基をも有することによりスルファトエチルスルホニル基の染色機能が失われるわけではないこと、この場合でもスルファトエチルスルホニル基自体の染色機構は反応性基がスルファトエチルスルホニル基のみの場合と異ならないことがいずれも周知であったことは、原告も認めるところであり、当事者間に争いがなく、この事実によれば、スルファトエチルスルホニル基による染色の面に着目して、これを初めからビニルスルホニル基に変えてみることに格別の困難はないものといわなければならない。

このことは、引用例5にく反応性基として、基-SO2CH=CH2または基-SO2CH2CH2Z(ここに、Zはアルカリで脱離する基であって、この基はスルファトエチルスルホニル基を含む。)並びにクロロトリァジニル基を有する反応性染料が記載されているとの原告も認める事実によっても、裏付けられるところである。

すなわち、同引用例(甲第7号証)記載の上記染料は、本判決添付別紙3記載の一般式で示される特定のモノアゾ化合物であって、同別紙1記載のとおりの本願発明1のモノアゾ化合物や同別紙2記載のモノアゾ化合物である化合物Aとは化学構造に異なるところがあるとはいえ、同引用例記載の上記染料が類似構造の色素部分の片側にモノクロロトリアジニル基とスルファトエチルスルホニル基を有するモノアゾ染料である点で、その基本的骨格は化合物Aと同様であることが明らかであり、このように類似の構造を有するモノアゾ染料において、スルファトエチルスルホニル基とビニルスルホニル基が対等の択一関係にあるものとされているのであるから、化合物Aについても、そこにおけるスルファトエチルスルホニル基と対等な択一関係にあるものとしてビニルスルホニル基を想定することは、容易といわざるをえないからである。

ビニルスルホニル基が反応力に富み不安定であるとしても、現に、引用例5において、これを反応性基とするモノアゾ染料が開示されているのであるから、ビニルスルホニル基を反応性基とするモノアゾ染料を考えることが困難であったとすることはできない。

ある発明に関する市場の状況は、当該発明の進歩性と直接の関係を有するものではなく、本願において市場の状況が本願発明1の進歩性判断の根拠となると考えさせる特別の状況も認められないから、ビニルスルホニル基を反応性基とする染料が市場に見られなかったとしても、これをもって本願発明1の進歩性認定の根拠とすることはできない。

原告主張の反応性染料の歴史的背景も上記判断の妨げとなるものではないことは、上に述べてきたたところに照らし、明らかである。

他にも、上記判断の妨げとなる資料は、本件全証拠を検討しても見いだすことができない。

(3)  以上のとおりであるから、「化合物Aの末端基-SO2-CH2-CH2-OSO3Naを-SO2-CH=CH2に変えてみるという程度のことは当業者にとつて格別創意を要することではない。」(審決書6頁3~6行)とした審決の判断に誤りはない。

原告主張の審決取消事由1は理由がない。

2  同2(予測できない格別の効果の看過)について

原告は、本願染色見本(甲第8号証参考資料)に示される染色結果に基づき、本願発明1の化合物は、化合物Aによって得られるのと同一の濃度の染色結果を得るために必要なアルカリ使用量を予想外に少ないものとする、すなわち、予想外に色の濃い染色結果が得られるとの格別の効果を奏する旨主張する。

しかし、上記アルカリ使用量を予想外に少ないものとするとの効果は、本願明細書に明示されていない効果であるうえ、原告の主張は、化合物Aを染料に用いる場合、スルファトエチルスルホニル基をビニルスルホニル基へ転化するために、理論上、本願発明1の化合物を用いる場合に比べてアルカリを1当量余分に必要とするという審決も認定し当事者間にも争いのない事実を前提とし、その結果予測されるアルカリ使用量よりも少ないというものであるが、現実の化学反応が、反応式に忠実に定量的に生ずるのが必ずしも必然的であるとはいえないことは顕著な事実であり、したがって、本願発明1の化合物を用いた場合、上記予測よりもアルカリ使用量が少なかったとしても、これをもって、直ちに予測を超える効果であるとすることはできない。

本願染色見本に示される染色結果をみても、原告がその立論の根拠とする試料A1と試料B2との対比、試料A3と試料B4との対比の場合、試料B2と試料B4で用いられた重炭酸ナトリウム0.12モルのうち、理論上、化合物A0.03モルと当量の0.03モルの重炭酸ナトリウムがスルファトエチルスルホニル基をビニルスルホニル基へ転化するために用いられたことになり、染色作用そのものに向けられたのは0.09モルとなるが、上記顕著な事実によれば、実際の反応において、上記転化のために、これ以上に重炭酸ナトリウムが使用されることは十分に予測されるところであるから、試料A1、A3の染色結果が試料B2、B4の染色結果より若干勝っているとしても、必ずしも予想外の効果ということはできない。また、試料A3と試料C4の対比についての原告の主張は、化合物Aが本願発明1の化合物についての試料A3と同一の染色濃度に初めて達するのは、重炭酸ナトリウムの使用量が0.24モルに至った場合(試料C4)であることを前提とする立論であるが、染色濃度は、染色に向けられる重炭酸ナトリウムの当量の増加に伴って増加すると予測されるものの、重炭酸ナトリウムの使用量がそれぞれ0.06モル、0.12モル、0.24モルである試料A3、B3、C3の染色濃度がほぼ同一であることから窺えるように、染色自体に向けられる重炭酸ナトリウムの当量が一定に達すれば限界に達し、それ以上増加しても染色濃度の増加はみられないことに照らせば、重炭酸ナトリウムの使用量が試料B4の0.12モルから試料C4の0.24モルに至るまでの段階において、すでに化合物Aによる染色濃度が試料A3と同一の染色濃度に達していることは推認できるところであり、これを否定する事実は本願染色見本に示される染色結果その他本件全証拠によっても認められない。原告主張の上記前提ひいてはその立論を採用することはできない。

原告がアルカリ使用量の減少に伴う付随効果と主張するところは、いずれも、アルカリ使用量が減少すればそれに付随することの自明な効果であるから、これをもって特許性の根拠とすることができないことも明白である。

なお、本願発明1が、引用例1の記載事項及び原告も認める周知事項、特に引用例5の記載事項から容易に想到できることが前示のとおりである以上、原告が取消事由2において主張する程度のことは、本来、効果の確認の程度を超えないというべきであり、これを超えてなお特許性の根拠となるべき予測外の効果があることは、本件全証拠によっても認めることはできない。

原告主張の審決取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

昭和63年審判第15301号

審決

ドイツ連邦共和国フランクフルト、アム、マイン、(番地無し)

請求人 ヘキスト・アクチエンゲゼルシヤフト

東京都港区虎ノ門2-8-1 虎ノ門電気ビル

代理人弁理士 江崎光好

東京都港区虎ノ門二丁目8番1号 虎ノ門電気ビル

代理人弁理士 江崎光史

昭和57年特許願第7751号「水溶性モノアゾ化合物、その製造法及びこれを用いて染色又は捺染する方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和57年9月4日出願公開、特開昭57-143360)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和57年1月22日(優先権主張、1981年1月24日、ドイツ連邦共和国)の出願であつて、その発明の要旨は、昭和63年9月28日付け手続補正書によつて全文補正された明細書の記載からみて、特許請求の範囲(1)、(2)に記載された次のとおりのものと認める。

「(1)一般式(1)

<省略>

(式中Yはビニル基を示しかつ-SO2Yはアミノ基に関してm-又はp-位にあり、Mは水素原子又はアルカリー又はアルカリ土類金属の又は3価の金属の当量である。)

なる水溶性モノアゾ化合物。

(2)一般式(1)

<省略>

(式中Yはビニル基を示しかつ-SO2Yはアミノ基に関してm-又はp-位にあり、Mは水素原子又はアルカリー又はアルカリ土類金属の又は3価の金属の当量である。)

なる水溶性モノアゾ化合物を用いて染色又は捺染する方法。」

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された本出願前頒布されたことが明らかな欧州特許公開第21105号明細書(1981年1月7日公開、以下引用例1という)には、セルロース繊維の染色に使用される反応性染料として次の式で示される化合物(以下化合物Aという)が記載されている。

<省略>

同じく、「繊維」第12巻、第8号、第110~111頁(昭和35年8月15日 繊維技術研究社発行 以下引用例2という)、「染色工業」第14巻、第9号、第5~19頁(昭和41年9月20日 日本染色工業研究会発行 以下引用例3という)、「染料と薬品」第6巻、第11号、第25頁(昭和36年11月1日 化成品工業協会発行 以下引用例4という)、特公昭55-39672号公報(昭和55年10月13日公告、以下引用例5という)には、末端に-SO2-CH2-CH2-OSO3H基を有する反応性染料(以下染料Xという)及び末端に-SO2-CH=CH2基を有する反応性染料(以下染料Yという)が記載されており、染料XのNa塩をアルカリ(例えばNaOH)で処理すると、次式に示すように一当量のアルカリにより染料Yを生じることから、染料Xは染料Yの前駆体でもあること、

<省略>

(式中Dyeは任意の染料残基を示す)

染料X又はYによるセルロース繊維の染色は、次式に示すように-SO2-CH=CH2基への付加反応によることも記載されている。

Dye-SO2-CH=CH2+HO-セルロース→Dye-SO2-CH2-CH2-O-セルロース

そこで、本願の特許請求の範囲(1)に記載された発明(以下発明1という)と引用例1に記載された化合物Aとを対比すると、本願発明1はMがNaの場合を包含するから、結局、両者は、基本骨格が同一であり、本願発明1の末端基-SO2-CH=CH2に対応する化合物Aの末端基が-SO2-CH2-CH2-OSO3Naである点でのみ相違する。

しかしながら、引用例2~5にも記載されているように、染色機構からみて末端基-SO2-CH2-CH2-OSO3Naを有する反応性染料が、末端基-SO2-CH=CH2を有する反応性染料の前駆体に相当することは本出願前広く知られた技術的事項であるから、化合物Aの末端基-SO2-CH2-CH2-OSO3Naを-SO2-CH=CH2に変えてみるという程度のことは当業者にとつて格別創意を要することではない。

また、出願人の主張する、本願発明1の方が化合物Aよりも染色時のアルカリの使用量が少なくてすむという効果について検討すると、化合物Aの場合、先に示した反応式から明らかなように、まず一当量のアルカリで末端基-SO2-CH2-CH2-OSO3Naが-SO2-CH=CH2に変つたのち染色対象なと反応するものであるから、本願発明1の方が化合物Aよりも一当量アルカリが少なくてすむことは自明であり、この点を考慮すれば、本願発明の方が染色時のアルカリの使用量が顕著に少なくてすむとも認め難い。さらに他の効果についても格別のものは見当らない。

してみると、本願発明1は、引用例1~5に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

したがつて、本願は、特許請求の範囲に記載の他の発明について検討するまでもなく拒絶されるべきものである。

よつて、結論のとおり審決する。

平成2年9月28日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人被請求人のため出訴期間として90日を附加する。

別紙

1 本願発明1

<省略>

(式中Yはビニル基を示しかつ-SO2Yはアミノ基に関してm-又はp-位にあり、Mは水素原子又はアルカリー又はアルカリ土類金属の又は3価の金属の当量である。)

なる水溶性モノアゾ化合物。

2 引用例1の化合物(化合物A)

<省略>

3 引用例5の化合物

<省略>

(式中、Xはハロゲン原子、アルコキシ基、アリールオキシ基を表わし、Aは単環または二環の芳香族残基を表わし、Yは基-SO2CH=CH2または基-SO2CH2CH2Zを表わす。ここにZはアルカリで脱離する基である。R及びR′はそれぞれ水素またはアルキル基を示す。nは0~3の整数を表わす。)

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